新型コロナウイルス全員検査必要ですか?

新型コロナウイルスの話題で世の中もちきりです

政府の発表や報道を見て、なぜPCR検査を全員に実施しないのか不思議に思われる方もいるでしょう

個人的には政府の基本方針はおおむね間違っていない(その道のトップの専門家たちがついているのですから間違っていたら大ごとです)し、全員検査したいという多くの方の心配な気持ちもわかります


そこで今回は

〇なぜ全員検査が実施されないのか?

〇なぜPCR検査を民間に委託しないのか?

この2点についてなるべくわかりやすくお話してみたいと思います

小難しい話が続きますので面倒な方は下線の部分だけで結論がわかります(笑


まず初めに、いつもご家族にお話することですが、PCR検査に限らず”病気の際の検査は治療の開始や変更を判断するため”に行うべきものです

逆に言うと”治療が変わらないなら検査をする必要がない”ということです


つまり今回の新型コロナウイルスに当てはめると

個人の治療のためにはPCR検査は必要がない(なぜなら今現在特定の治療方法がないから)

しかし

感染の分布を把握し拡大を抑えるための疫学上および新たに特定の治療方法を見つける上ではPCR検査が必要

この2つがポイントになります


〇なぜ全員検査が実施されないのか?


ちょっと難しい話になりますが検査には”感度”と”特異度”というものがあります

”感度”とは病気です!と断言できる確率です

”特異度”とは病気ではありません!と断言できる確率です

これがどちらも100%なのであれば全員検査することはとても有意義でしょう

なにせ白黒ハッキリつきますから

しかし様々な検査がありますが100%の確率で病気を診断できる検査はほぼありません

感度と特異度ともに95%以上を出せるのなら優れた検査でしょう


ここでは新型コロナウイルスのPCR検査が感度/特異度ともに98%という”凄く優れた検査”だと仮定してお話を進めます(実際公表はされていませんが感度70%以下特異度90%程度であるという話もあります)


感度98%ですから病気の人を98%の確率で病気だといえます

逆に2%の人は病気ではないと判断されます

特異度98%ですから病気ではない人を98%の確率で病気ではないといえます

逆に2%の人は病気だと判断されます

図に示すとこうなります

一見よさげな検査に見えますね

実はこれ本当に病気の人が2人に1人いる(有病率50%と言います)時にピタッと来る値なんです

試しに1万人のうち5千人が病気である数字を入れてみましょう


感度98%ですから病気の人を5千人とすると4900人が陽性と判断されます

逆に100人(2%)は病気ではない陰性と判断されます

特異度98%ですから病気ではない人を5千人とすると4900人が陰性と判断されます

逆に病気を持っていないのに100人(2%)は病気を持った陽性と判断されます

つまり図に示すとこうなります

ピタッと同じ数字になりました

さてここで問題になるのは2人に1人の割合で病気の人が街中にいますか?ということです

そんな状態になっているなら国民全員が感染していてもおかしくないでしょう


それでは実際には一体どのくらい感染している可能性があるのでしょう?

正確な数値はわかりませんが2月25日に厚生労働省が発表した数値を当てはめてみます

全検査者1846人

陽性者156人

約8.5%の人が陽性と判断されています

ですので10000人に850人病気の人がいる(有病率8.5%)として先ほどの計算をしてみます

※この数字は帰国者や医師が感染を疑った人(後で記述しますが)に行った検査ですので実際の有病率はもっともっと低いと考えられます


感度98%ですから病気の人を850人とすると833人が陽性と判断されます

逆に17人(2%)は病気ではない陰性と判断されます

特異度98%ですから病気ではない人を9150人とすると8967人が陰性と判断されます

逆に病気を持っていないのに183人(2%)は病気を持った陽性と判断されます

つまり図に示すとこうなります

なんと全員検査をすると検査で陽性と出た人(1016人)のうち約2割(183人)が病気じゃないんです

また陰性の中には病気なのに病気ではないとされる人も約0.2%ですが混ざります

つまり全員検査して陽性だった人を2週間隔離すると約2割の本当は病気じゃない人まで隔離してしまうことになるのです

感度/特異度ともに98%という”凄く優れた検査”だと仮定してこの結果です

実際はもっと低い値(感度70%以下特異度90%程度)の検査だとすると、間違いなくもっと多くの病気の人を病気ではないとして外出許可したり、病気ではない人を病気として隔離してしまう混乱が起こります


そこで重要なのが”医師が経過や病状などから病気の可能性が非常に高い”と見立てて検査を行うことです

医師が病気の確率が高いと判断して検査を行った場合どうなるか確認してみます

医師が病気だと9割の確率で判断できるとして1万人に検査を行うとすると、1万人の9割ですから9000人が本当に病気です


感度98%ですから病気の人を9000人とすると8820人が陽性と判断されます

逆に180人(2%)は病気ではない陰性と判断されます

特異度98%ですから病気ではない人を1000人とすると980人が陰性と判断されます

逆に病気を持っていないのに20人(2%)は病気を持った陽性と判断されます

図に示すとこうなります

どうですか?医師が病気を疑って検査した場合、検査で陽性と出た人8840人のうち20人(約0.2%)しか本当は陰性の人が含まれなくなりました!

陰性の人の中に約15%程度(180人)陽性の人が混ざりますが、もともと医師が病気であると疑って検査をしている人たちですので、経過が思わしくない人は再検査が何度も行われるはずです(実際に検査された人は2000人に満たないのに検査検体数は6000とか報道されるのは同じ人に何度も検査をしているからです)、また本当に病気ではない人は回復するでしょう


結論としてなぜ全員検査をしないかというと

100%の結果が出る検査でない限り”医師が病気である可能性が高いと判断して検査を行った検査結果でないと信頼性が薄い”からです

やみくもに全員検査など行おうものなら全国に混乱を広げるだけの結果になります

ただし可能性の高い患者さんに対しては、疫学上や治療法確立のために検査を実施しましょう、と言うことです


〇なぜPCR検査を民間に委託しないのか?


これはとっても簡単です

調整手技が難しいから!

何で簡単に機械でできるのに民間委託で件数を増やさないんだというような報道が多いです

そもそも先ほども書いたように全員検査は意味がありませんし、感度70%以下特異度90%程度(あくまで聞いた話です)という話です

PCR検査というのはDNAやRNAと言われる遺伝子を増幅して計測する方法です

ものすごく微量の遺伝子を大幅に増幅しなければいけないため、とても微妙で繊細な調整が必要になります

以前、手動のPCRだった時代には技師の間で、”自分のやったPCR以外は信用するな”と言われていたこともあるくらいです

現在は自動で行える機械を用いることが多い検査ですが、自動化するために手動で遺伝子の検出率を上げるための調整や設定を行う必要があります


ちなみに厚労省でその手技を公開していますのでリンクを張りますね


病原体検出マニュアル 2019-nCoV Ver.2.6


これを見て簡単だって思われた方は是非その道に進んでください!

多分天職です!僕はできません(笑

(ちなみにリンクのPDFにも記載がありますがロシュ社のキットでは以前流行ったSARSと今回の新型コロナウイルスの判別はできないそうです)


話がそれました

つまりこれらの調整や設定によって感度と特異度にバラツキが出るのです

バラツキが出てA検査センターでは陰性B検査センターでは陽性さてどっちを信頼しましょう?混乱しますよね

ですので今後委託するすべての検査機関でバラツキが出ないように調整が終われば民間検査センターでも検査が可能になるでしょう

そして今後特定の治療が確立されていれば医療機関を受診した際に検査をしてもらう意味が大きくなることでしょう


〇最終的な結論及び個人的感想


・なぜ全員検査が実施されないのか?

全員検査しても混乱を招くだけだから

・なぜPCR検査を民間に委託しないのか?

結果がバラツイたら混乱を招くだけだから


以上ですが以下個人的な感想です

厚労省も同じことを言っているのに、なぜ報道や国民の皆さんがこのような疑問を呈しているかと考えました


答えは”わかりやすく説明していない”に尽きると思います


たった2点のことを説明する(わかりやすかったですか?)のにこれだけの長文が必要になりました


発表にあった基本方針の”今後のウイルス検査の対象を「入院を要する肺炎患者」に限定”

これだけ聞いて医師の診断の上で検査が必要って納得できましたか?

”民間の検査センターのレベルが上がったら委託を開始する”

この言葉で検査センターのレベルの問題じゃないです、増幅感度等の調整の問題ですってわかりましたか?


厚労大臣の発表原稿の作成は厚労省の職員で、アドバイスやガイドラインの作成は有識者チームかと思います

想像ですが有識者チームの方達はきっと一般の患者さんに説明を必要とする臨床畑ではないのでしょう

つまり


専門的には正しいガイドラインを作成して原稿にしたけど、よくわかっていない大臣が文章を読み上げるだけでそのまま質疑応答してるから国民にうまく伝わらない


という風に感じます

ですので個人的な意見としては


ガイドラインの作成や原稿の作成して大臣に解説するチームには、臨床家で”インフォームドコンセントの上手な医師”も迎え入れたほうがいいんじゃない?


です(笑

かみ砕いて大臣に説明できるスタッフがいればもっと理解を得られると思いますよ


ご家族が健康でないと、ワンちゃんネコちゃんたち伴侶動物たちも幸せではなくなりますので、皆さんも報道等に惑わされず、マスク・手洗い・うがい・洗顔・取っ手の等消毒(+α鼻うがい)を”正しく”行って、感染予防をして、くれぐれもご自愛いただきたく思います


長文おつきあいありがとうございました


南札幌動物病院

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